子供の頃の年末の風物詩と言えば、レコード大賞と紅白歌合戦だった。
どちらも大晦日の生放送で、レコ大の放送時間が7時から9時まで、そして紅白が9時から。
だから、レコ大で大賞をとった歌手なんかは紅白のオープニングには間に合わなくて、司会者はまだ到着しない歌手を待つのにトークで頑張ったり、車で歌手がNHKの玄関に乗りつけて(パトカーが先導したりしたらしい。私は記憶にないけど)、舞台に走ってくる様子がそのまま放送されたりして、結構ハラハラドキドキしたものだった。
そうして、その年最後の歌を披露する人たちは、結構、途中で感極まって泣くことが多かった。それを見ながらうちの親たちは
「そうよねえ、この人今年、大病したもん。よく頑張ったよね」
とか
「この歳でやっと売れてねえ、良かったよねえ。苦労者よねえ」
とか
「そうそう、お母さんが今年亡くなってねえ。気の毒やったわあ」
とか、その歌手の一年、あるいは人生を思って一緒に涙ぐんだりしていたのだった。
うちの親みたいに歌手の人生を思う見方もあれば、その歌手のその歌を聞いていた今年一年の自分を振り返って涙する人もテレビでは放送されたりして、まあなんというか、レコ大から紅白の時間は、本当に日本中がそれぞれの一年を振り返っていた時間だったと思う。子供の私はそんな事、当時は全く分からなかったけれど。
閑話休題。
先日、忘年会に参加した。本当に大好きな人たちが集まるグループ。
普段はみんな、仕事や家庭や生活や人生があり、学生みたいに毎日顔を合わせる訳ではない。それがその日はかなりの人数が集まった。久々に会う人、この間も会った人、色々だ。
私は会場に、1人で向かっていた。建物の陰から会場の明かりが見えた時、あそこにみんながいるんだと思うと、ものすごくうれしくなって、思わず駆けだしてしまった。
大人になってから、そんな場所を持てた自分の幸福を思わずにはいられない。特に何を話すでもないのに異様なまでな幸福感。いて欲しい人がいて、それだけで安心する空間。そして海外に、関東にいるはずの、まさか会えるとは思っていなかった人や、今年はあんまり会えなかったなあ、元気かなあ会いたいなあと思っていた人たちが続々現れるのを目の当たりにして、ちょっとリミッターが振り切れたような気がする。アルコールはワイン一口だけしか飲んでないのに、酔ったようなテンションになっていた。
ああ、あの大晦日の歌手の涙は、こんな心境の中で流れたのだなと、不意に思った。私のこの晴れ晴れとした幸せな思いは、この一年、何かを成し遂げたとは言えないながらも、やはり頑張ってきたことの証拠なんだと思った。それは黙って淡々と、無事でいることを最上と思い定めて走ったかのような、そんな頑張り方だったような気がする。
私だけでなくこの場にいるみんなが、この一年の自分の頑張りを背負ってこの場にいる。そして談笑することでお互いに労わりあっている。大晦日の歌手は、最後の一曲を歌う間に、その一年の自分とスタッフの頑張りを振り返るのだろう。だからあんなに感極まるのだ。
もし、来年もこの会があるとするのならば、来年はもっと何かを成し遂げたという思いを抱えて参加したいと心から思った。別にそれを誰かに自慢したいのではない。ただ、それがあればあの場がもっと幸せなものになるだろうと思うからだ。何だったら、あの場をゴールと定めて一年を過ごしてもいいとさえ思う。
私達は、喋り、笑い、そして一本締めのあとで解散した。花火がぱっと消えるみたいに、後には年の瀬の夜があった。2020年が、そこまで来ている。