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生きづらさは消えないのか

先日、漫画「じゃりんこチエ」が文庫化されていた話を職場でしたら、やはり話題として盛り上がった。

 

(拙ブログにも記事があります。

http://blog.kyo-desk.biz/family/751/

 

あの作品は、作品としての面白さもさることながら、特に関西ではあの時代の実生活とリンクしていたりして、話は段々、昔の事になって行った。

 

大阪出身の人は、うっかり子供の頃あの界隈に行って「なぜか片方だけ靴が売っててん」「とりあえず、駅降りたらにおいがキツイ」とか、衝撃のエピソードを披露してくれたし、京都でも「普通におっさんらは毛糸の腹巻してたで」「そこに財布入れてはんねん」「あれが便利やねんな」、奈良では「ヤンキーのカップルは、彼女が彼氏にラメ入りの毛糸で腹巻編んでプレゼントするのが流行ってた」などなど、なかなか、私には初めての話ばかりで興味深かった。ちなみに、私は男性が腹巻を、外に見える形でしている姿を見たことがない。

 

まあ要は、じゃりン子チエの世界は「怪しく哀しい」のが肝なわけで、そのうち、なぜだか「昔見た見世物小屋」に話が移って行った。

 

私もその昔一度だけ、八坂神社の境内でいつだったか、花見の頃だったかにものすごいレトロな風情の「見世物小屋」がたっているのをみて驚いたことがあった。「見世物小屋」とお化け屋敷風に墨でおどろおどろしく書いてあり、なんか怪しげな絵が描いてあったように覚えている。余りの怪しさともの悲しさに、とても近寄る気分にはならなかったが、同僚が、昔それに行ったことがあると言い出したのである。

 

「なんか、人間ポンプやってた。金魚飲んで吐き出す奴。司会もおってショー仕立てやったな。けど、こっちもべろんべろんに酔っぱらってたからよう覚えてないわ。多分千円くらい払ったと思う」

 

だ、そうだ。ふうん、意外とドライなかんじなんかなと思った次の瞬間、大阪出身の同僚が「私、子供の頃大阪でよう行ったで」と言い出した。

 

「石女」とかいるねん。手足がない女の人がすわっとった。今思ったらないよな。けど、行ったらあかんと思うねんけど、太鼓がドンドンってなったら友達が「行くで~!」言うて、「わ~!」って。ショーじゃないで。こっちが見るだけ。立ち止まらんと見て行かんとあかんねん。なんかな、あれは怪しかった。

 

…なかなかパンチの効いた話である。

私は「石女」の気持ちになる。座っているだけでお金になると割り切れればいいが、しかし、自身を見世物にして生きて行かなくてはならない生きづらさ、悲しさと言うのはどれほどのものなのだろう。

 

生きづらさ。

 

生きづらい、というフレーズがこの頃身の回りに散見する。声を上げることができるようになってきたんだなあと私は肯定的に捉えているが、現代の生きづらさと石女の生きづらさは少々、質が違うような気がする。

 

おそらく、今は石女を見世物にしてお金を稼ぐことはできないだろう。福祉がしっかりしているはずだから。そういう生きづらさはきっとなくなったと信じたい。

 

しかし、現代には現代の生きづらさがある。厳然とある。「生きづらさ」というのはいつの時代も形と質を変えてあるものなのだろうか。それとも昔は、石女の生きづらさと現代の生きづらさは両方存在していて、まずは可視化された石女の生きづらさが解消されて今に至る、とそう言う訳なのだろうか。

 

みんなが自分らしく生きられる時代が、早く来ればいいなあと思う。なんとも月並みな事しか言えないが、切にそう思うのである。