undojo

笑いの英才教育

小学生の娘の、授業参観に出かけた。
科目は体育。内容はかけっこ。

4人ずつ走るのだが、フライングが多発していた。
まあ、小さいからなあ~と、私達保護者は、それすらもほほえましく眺めていた。

ある男の子4人の組が、フライングを2度続けてやった。
先生はさすがに注意をする。
「次はちゃんとスタートしてください!ふざけないで!フライングはあかんよ!!」
子供達も「は~い」と素直に返事をした。

しかし、残念ながら次もフライングだった。私にはわざとだとは見えなかったが、先生はちょっと怒った風で、前よりきつめに注意をした。

その、次の瞬間
「せんせえ、天丼やんかぁ!」
と、フライングした子が笑って言ったのである。

天丼。
同じことを二度、三度とやって笑いをとる手法のこと。
九州生まれの私は「天丼」なんてお笑い用語は、すっかり大人になってから知った。しかし、関西で生まれた子供はもう、小学生の時から使いこなしていることに、私は仰天した。

しかも、言葉どころか、授業中に見事な「天丼」を実践している訳である。よく考えると、3度目のフライングの前に先生が「フライングはあかんよ!」と言ったのは、まるでダチョウ倶楽部が熱湯風呂の縁で「押すなよ!絶対押すなよ!」と言うのと同じで、ネタの前フリだったともとれる。

いや、あの子は先生が前フリしたと思ったからこそ、真面目に「天丼」を実行したのかもしれない…!!

私はそこまで考えて、心底関西の子供のお笑いネイティブぶりに衝撃を受けた。多分、この時の私は「ガラスの仮面」の北島マヤのような白目になっていたにちがいない。
「…恐ろしい子…!!」っていうやつである。

さらに次の瞬間、
「天丼いらんね~ん!!」
先生が、子供にこう返したのである。
わはは~、と子供達が笑う。先生は何ごともなかったかのように、また仕切り直しをして、子供達は今度こそ、ちゃんとスタートを切った。

何という見事な返し…!!
注意をしていながら、子供達の笑いを取り、そして仕切っていく。なんて見事な指導…!!恐ろしい子…!!

これが、関西のお笑い教育というやつなのか!すごい、学校教育の場に、こんなにも馴染んでいるなんて!

私は他の保護者もどんなにか今の指導に驚いているだろう、と思って周りを見渡した。と、何と、だれも、何の反応もしていない。
そこには授業が始まった時と同じように、温かく、穏やかな視線で溢れていた。今、衝撃を受けたのは私だけだというのか!!そうか、この人たちも生まれながらの関西人!こういう教育を受けてきたのだ!!

ああ、こうやって関西人はそのお笑いセンスを磨いて行くのだ。そうは言ってもここは京都。みんなお笑いのセンスなどないと思っているようだ。これが大阪に行くと一体どんなことになっているのか、考えただけでも空恐ろしい。

…と、そんな話を友人夫妻にした。岡山出身の奥さんは、私と同じように「へえ~!」と言って笑ってくれた。しかし、京都出身のご主人は、私の話を終始真顔で聞き、最後に「うん、俺が子供やった時も、まあそんな感じやったね」と言った。

「それで思い出したけど、俺、帰りの会で言うたことある」
帰りの会?ホームルームというやつですか。小学生の時は「Aくんが私を叩きました~。どうしてですか~」とかいう問題提起があって、着地点が見つからなくて延々話し合いが続くイメージがある。

「そうそう、それそれ。あんな、クラスのやつらってみんなボケるやん。でもそのうちの一人のボケだけ、誰もつっこまへんっちゅう事があってな。それっておかしいやん、イジメちゃうんかなと思って、『〇君のボケにだけ誰も突っ込まないのは可愛そうだと思いま~す。イジメじゃないんですか~』って、言うた」

私は大笑いしながら、「天丼」の授業参観と同じ位の衝撃を受けていた。
関西の子供は、ボケるのが当たり前なのか!大人になってもそのことを一瞬も疑わないほどに当たり前なのか。クラスのやつらってみんなボケるやん、とあんなに真顔でまっすぐに言い切れるほどに!!

そうして、ボケに対しては丁寧に突っ込んであげること、これがマナーであり、ボケをスルーするのは「イジメ」にも繋がる大事件だというではないか。

すごい。こんなイジメの事例は、九州では考えもつかない。関西の子達はボケ一つがヘタしたらいイジメに繋がるなんて、なんか大変だなあ、とも思った。

そう思うと、先生が「ふざけないでください」とネタふりをしたからには、次はフライングをするのがセオリーだ思って、子供がわざとフライングするというのは、本当に大真面目で誠実な行動だといえる。実に微笑ましいではないか。

関西では子供のころから、笑いには本気で誠実であり、時と場所も選ばず徹底して教育が行われるのだ。しかもそれが当たり前。
恐れ入りました、と言うほかはない。