kyomaiko

東京、と言えば?

娘が何かの折に、

「もう、京都いうたらなんでもかんでも舞妓ちゃんで表現するの、ホントやめてほしい!」と実感を込めて言った。

「舞妓ちゃんと五重塔とか舞妓ちゃんと金閣寺とかさ、そればっかホントに嫌」

なのだそうだ。

心から嫌そうに言う娘の顔を、私はしげしげと見た。ああ、この子は京都ネイティブ、京都の「お子」なんだなあ、としみじみ思った。

娘の顔をしみじみ見ながらも、私は急いで自分の心の中を観察する。京都のイメージが舞妓ちゃん一辺倒なのは嫌なのかどうか。

いや?だって、舞妓ちゃんじゃない?舞妓ちゃんで良くない?

私の心は、京都は舞妓ちゃんというイメージを是としていた。その答えを確認した上で思う。娘よりも長く京都に住みながら、この京都に対する気持ち、目線は完全によそ者のものだと。私はやはり、どこまで行っても京都の人間ではないのだ。

さらに、この感覚のズレはつまり、家族であっても生まれ故郷への郷愁は共有できないということなのだと気がついてしまった。我が家は全員、生まれた地方が違う。夫婦であっても、親子であっても。私は心の底で、静かに諦念した。

とはいえ、目の前であまりに娘が不満そうな顔をしているので、とにかくこの場はどうにか娘の気分を上向きにしてやらねば、と思い直し、言葉を探す。

「いやあ、そこいくとお母さんのところだと、何でもかんでも明太子とラーメンだよ。なにかと言えば『めんたいナントカ』『とんこつナントカ』でさ。それよりは舞妓ちゃんのほうが、少なくともきれいで良くない?」

決まった!と思った。「そうか!」と娘は言うに違いない、と思った次の瞬間、娘は困惑した視線を私に投げて、ふっ、と笑った。まさかの失笑である。しかも娘は、さらに不満そうに言葉をつないだ。

「これが東京だったらさ、なんかかっこいい建造物とかになるのにさ。なんで京都は舞妓ちゃんなんやろ?!」

ええっ、東京?!そして建造物?!私は、娘が福岡を華麗にスルーしたことと、思春期の子供らしい都会への憧れを持っているのかもしれない、ということと、「建造物」などという単語がその口から飛び出したことに、少々動揺していた。建造物。ここで「建造物」使うかあ。子供だとばかり思っていたら、えらい目にあうものだ。

「ね?何かあるやん?東京のカッコいい建物」

重ねて娘に言われ、ああそやそや、何やろ、東京のカッコいい建物って?と考える。そう考える頭のこっち側では、「というか、東京をイメージする物として『なんか』カッコいい建物って、そもそもぼんやりしてないか?その時点でちょっとどうやろと思うんやけど?」という思考が湧いて出たが、それは瞬殺した。今はとにかく東京の、なんか、かっこいい建造物とは何か?だ。

え?スタルクの「金の炎」?やっぱ東京タワー?東京タワーって女子中学生が見ても「かっこいい」のか?かっこいいなら表参道のプラダもかっこよかったけど?お台場のフジテレビとか?

あ~でも明らかに古い?もっと最近の?スカイツリー?モード学園のビル?銀座シックス?ヒルズ系?それとも隈研吾方面?建設中?

いや~、分からん!最近東京行ってないもん。第一、娘的にカッコいい、ってどんな基準だ?古いの?新しいの?

「カッコいい建造物、って…」

脳内でバババ~っと東京の建物画像がシャッフルされる。歌舞伎座、浅草寺、東京駅、皇居…。

「こ…国会議事堂とか…?」

言ってみて、ないわ~!と思った。多分そっちじゃない。そして予想通り、娘は道端の石でも見るような目で「いや。そんなんじゃない」と言った。

もう、東京、建物ありすぎやねん!!