mamasan

ママさん

わが家の壁には、娘に「ママさん」と名付けられた、おたふくの小さいお面が5個、ならんでいる。5人そろって「ママさんファイブ」と呼ばれている。元は、節分の時の豆についていたオマケである。

 

一番古いものは、娘が幼稚園の年少の時にもらったものである。その年、娘はこの小さなお面を「ママさ~ん」と言いながらいじり、おでこをぱきっと割ってしまった。

 

あ、とイノセントな声を上げた娘を、夫が見とがめた。珍しく気色ばんで「あ、じゃないでしょ?!今、お父さん見たけど!明らかに自分で割ったよね?!」と叱責しはじめたのである。

 

へえ、珍しいなと思って見ている私。要は、お面を壊したという事よりも、普段からの物の扱い方、気持ちがぞんざいだという事を言いたいものらしい。しかし

 

「ママさんに謝りなさい!見て!おでこ割れてるじゃない!!あんたがやったんでしょ?!謝りなさい!!ママさん痛かったよ!!」

 

と床に落ちたママさんと娘の顔を交互に指さして、大の大人が真剣な顔で「ママさんに謝れ」と言うのには、笑いを堪えられなかった。ばれないようにもっと距離を置くことにする。

 

娘は黙っている。だろうなあと私は思う。娘は変に賢く、そして頑固な所があって、自分が絶対に悪くないと思う時や、自分が絶対に立場が上だと思うものに対しては決して謝らないのだ。事実、飼い猫をいじめた時に「謝りなさい」と言っても、結局謝らなかった。猫でさえ謝らないのに、ましてお面に対して謝るなんてないだろうなあ、と思ったのであった。

 

「…ごめんなさい…」

 

つぶやくような、娘の声が聞こえた。でもそれは、ママさんに対して謝ったというよりは、夫に対して「もうこの辺で勘弁してください」の「ごめんなさい」だなと私は思った。そして夫もそこは過たずその意図を汲んだようで

 

「お父さんに謝っても意味ないでしょ!ママさんに!ママさんに謝りなさい!ほら早く!!」

 

と、娘を追及するのだった。

 

「ごめんなさ~い」という、娘の涙声が聞こえたあたりで、私はもう、笑いを堪えられなくなってその場を離れたので、結局、娘がママさんに対して謝罪したのかどうかは知らない。泣く娘、怒る夫、床に転がるママさん。この妙な地獄絵図を見て、ただもう、擬人化もそこそこにして頂きたいと思ったのはよく覚えている。

 

そんなこんなでそれ以来、歳を重ねるごとに「ママさん」は増え、ついでに鬼も増え、今も我が家の壁で家内安全を守る役割を担っている。二月三日の朝には、普段より丁寧に、ほこりを払っておいた。