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やかんと製氷器

起き抜けに、いつもお茶を飲む。

暑い今の時期だと冷蔵庫を開けて、冷たいお茶を飲む。

 

ああ、この分だと今日一日もたないな。

 

冷えたお茶の残りが少なかったので、すぐさま次のお茶を作りにかかる。

やかんを出し、水道の水を入れて、火にかける。

 

返す刀でまた冷蔵庫を開ける。

さっき、お茶を出す時ついでに、製氷タンクの水量もチェックしていたのだ。もうほとんど空だった。入れておかねば。

 

とにかく夏の飲料は、作るのはたいして手間はかからないが冷えるまでに時間がかかるので、前もって動くことが肝要だ。製氷だって本当は、寝る前がベストだったけれど仕方がない。

 

製氷タンクを冷蔵庫からひきだし、ふたを開けて、そこに水道の水を入れる。いっぱい入れる。うちの水道水は、元栓のあたりに浄水器が入っているからこのまま飲める。だからトイレもお風呂も浄水で、ホントはそこまではいらんけどな、と思うけど、まあいい。

 

製氷タンクが水でいっぱいになってくるのを見ながら思う。

ああ、同じ水なのになあ。さっきまでの水はやかんに入って、100℃の沸騰コース。今は製氷機に入って0℃の氷コース。極端だよなあ~。全然違う結末やんなあ。同じ蛇口から出て来たのに行先逆。なんだったら順番待ちしてたのに。行先希望とかなかったんだろうか。ないか。

 

どこからか長い長い旅をしてきて、うちの蛇口にたどり着いて順番待ちしてて。

はい、ここまでは沸騰コースね、次からは氷コースになりま~す。

行列してて、目の前で「今日の分は売り切れで~す」と宣告されたりとか「今回の入場はここまでです。次回は1時間後!」とか言われる、あの感じがしないでもない。

 

それで、今回はちゃんとやったけど、やかんと製氷タンクの間も水を流しっぱなしにしていたら、それはいわゆる「無駄遣い」ってやつで、長い長い旅路の果てが、何もなさずに下水道に流れていくだけという事も、ままあるわけで。

 

おおい、俺は何のためにここまで来たんじゃ~い!!

とか、その水たちは思うだろうか。思わんだろうな。

 

同じ水でありながら、すぐそばにいたにもかかわらず、こうも結末が違うというのは、なんだか人間社会と同じだなあ、と思って、製氷タンクを冷蔵庫にセットした後、手持ちの辞書「新明解国語辞典」第五版で「世の中」を引いてみた。

 

よのなか【世の中】 〔新明解国語辞典 第五版〕

1. 同時代に属する社会を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。

 

おおう、なんとやっぱりそうなのだ。水が愛憎劇を織りなしているとは考えにくいけれども、お茶になるものと氷になるもの、ただ流れていくもの、この違いは矛盾そのものではないか。鴨長明も鎌倉時代から口を酸っぱくして「世の中の人と水道水と、またかくのごとし」と言っていたが、その意味が、今やっと分かったような気がする。

 

とはいえ、その矛盾を産んでいるのはほかならぬこの私であって。

いかんなあ、と思わなくもないが、無駄遣いしなければそれはそれで水をきちんと生かしているので氷が悪くてお茶がいいという話でもないから、そこまで反省する必要もないか。

 

反省というよりかは、感じるのは一種の万能感だったりするかもしれない。

私のこの、無意識が、一挙手一投足が、水の運命を左右する…!!

 

知らんがな。大げさすぎるやろ。

 

やかんが「ぴゅ~~~~~っ」と鳴って、任務完了を報告してくれる。

私は火を止めてやかんのふたを開け、前もって計量しておいた一保堂の炒り番茶の葉っぱをばさっと入れる。グルグルっと菜箸でかき混ぜて、

 

※やかんより一回り大きなボウルに水をはり、そこにやかんをざぶんと入れる。そしてやかんの肌にうたせ湯の様に細く出した水道水を落とす。素早く粗熱をとって、冷蔵庫に格納するために。

 

しかしここでまた、私は水の運命を思う。

この、やかんの周りに揺蕩っている水は、やかん一枚隔てた向こう側にあるお茶になりかけのお湯と、温度交換して流れていくわけだ。仕事は温度交換。それはいいとして。

しかしどう考えても、粗熱が取れるまでに流れる水の量は、やかんの中の水の量より多いのではないだろうか。お茶のために犠牲になる水が多すぎやしないか、そんなにお茶は偉いのか、ええっ??

まあ、そう思うんやったら、私が大事に、美味しくお茶を飲めばいいだけなんちゃうん?無念の思いで流れていった、その水の分までお茶を楽しんだったらええだけなんと、ちがうんかいなあっ?!※

 

はいはい。まあそんな感じでいいんじゃないかということで。一保堂のお茶はおいしいです。

 

ああ、そう言えばアイスコーヒーも残り少なかった。やっぱりアイスコーヒーは自分でドリップするに限る。次は、口が細くなっていて、沸いたらそのままドリップできる電気ケトルに水を入れる。お湯が沸いて、ガラスポットにコーヒーをおとしたら、文中の※に戻る。やかんはガラスポットに、お茶はコーヒーに適宜転換して読んでいただきたい。

 

そうして出来上がったお茶なりコーヒーなりを飲む段になったとき、グラスの中には一緒に氷が入っている。蛇口の中で順番に並んでいた水たちは、ここでまた、一緒になる。

 

世の中は、上手くできている。世の中の人と水道水と、またかくのごとし。