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桐壷をめぐる人々 ~超訳源氏物語「桐壷」~ その十二

⑫桐壷更衣の死

この回の語り部を任命されました靫負命婦、ゆげいのみょうぶでございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、先だってはご立派な若宮様の御袴着の儀を終えられ、大変お喜びであった御息所様でございますが、実はこの夏になってからというもの、とみに体調がよろしくないのでございます。

 

ただ今申し上げました御息所様、みやすどころ様と申しますのは、桐壷更衣様の事でございます。ええ、この物語で御息所と言えば、この後に登場いたします六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)様が有名でございますが、一般的に御息所という名称は、帝の子を産んだ女御、更衣の敬称でございまして、ここでの御息所様というのは桐壷更衣様のことでございます。ではございますが、ここではあまりに六条御息所様のイメージが強く、少々分かり辛うございますので、この先はこれまで通り桐壷更衣様とお呼びすることにいたしましょう。

 

え?ではなぜわざわざここで一度だけ、桐壷更衣様を御息所様などと呼んだのか?でございますか?それはもう、ひとえに紫式部先生がここでそう表現なさっているからでございます。もしこの先、皆様が紫式部先生の著作を直接お読みになることがあれば、その時は「ああ、この御息所は桐壷更衣のことだと靫負命婦が言っていたな」と思い出していただけると幸いでございます。はい、靫負命婦が言っていたというところ、重ねてお願いいたしとうございます。

 

もとい、その桐壷更衣様でございますが、この夏以降ひどく体調を崩しておられます。療養のためにご実家に戻ろうとなさるのですが、帝がそれをお許しになりません。桐壷更衣様はもうずっと体調がすぐれない日が続いておられましたので、帝はそれが普通の事だと思われたのでしょう、「わざわざ宮中を退出することもないよ。もう少しここで療養すればいいじゃない」などとと仰るのです。そうしてその通りにしていたところ、状態は日に日に悪化して行きまして、特にこの5,6日で急に弱ってしまわれたのです。そこで、桐壷更衣様のお母上が泣く泣く帝に申しあげて、宮中から退出するはこびとなったのでございます。

なぜ、帝の側で看病できないのか?とお思いになるかもしれません。ここには宮中の掟があるのでございます。つまりそれは

御所から死人を出してはならない

という鉄の掟なのでございます。宮中、そしてその頂に君臨する帝は、実に神聖な存在なのでございます。そして、死というのは血と並ぶ穢れであり、それらに宮中の人々、まして帝が触れるというようなことは、もっとも忌むべきことなのです。ですので、宮中で死人が出そうになると、急いで退出させねばならないし、出産も宮中で行われることはないのでございます。

そのような掟がございますので、桐壷更衣様のお母上は、よもや我が子の死で宮中を穢すことがあってはならないと、若宮様は宮中に残されたまま、ひっそりと退出しようとなさったのでございます。

帝はこの定めのために、桐壷更衣の退出をむやみに止めることも、見送ることもできません。なんとも言葉に尽くしがたいお気持ちでいらっしゃったのではないかと、僭越ながらお見受けいたしました。

桐壷更衣様という方は、もとは匂い立つような美貌の持ち主で、それはお美しい方だったのですが、この時はもう、見る影もなく痩せ、頬はこけて目は虚ろというご様子でいらっしゃいました。

 帝は、物言いたげでありながら何か仰る訳でもなく、今にも消え入りそうな桐壷更衣のご様子をご覧になると、後先を考えることなどできずに「元気になったら二人でパリに行こう」とか「桂にいい土地があるんだ。そこに二人だけの別荘を建てよう」などと、ただただ泣きながらいろんなことを約束なさるのですが、桐壷更衣はそれにお返事をなさることもございません。視線も定まらず、意識が朦朧とした様子で横になっておられるだけで、帝はそんな桐壷更衣の様子に、ひたすら動揺なさるのでした。

しかし、いよいよ桐壷更衣の様子が危うくなって、ついに帝は「輦車の宣旨(てぐるまのせんじ)」をお出しになりました。

輦車(てぐるま)、というのは、車馬禁止の大内裏の中を通行する人力車のこと、宣旨というのは帝の命令の事でございます。直接的な意味は、内裏を車で通行する帝の許可のことでございます。つまり手車の宣旨とは、一般的には帝による貴人の宮中参内、退出の許可を意味するのでございますが、この場面では、帝と桐壷更衣の今生の別れとなる車を手配したということになるのでございましょう。帝だけが呼べる別れの車。なんと悲しい事でしょう。

しかし、宣旨をお出しになりはしましたが、帝はそれでもなお桐壷更衣の部屋から出ようとはなさらず、なおも桐壷更衣様の側にいて「あの世への旅路も一緒に行こう、どちらかが先だつようなことはしないでいようと約束したじゃないか。いくらそんな様子だからといっても、まさか私を打ち捨ててはいくことはできないはずだよ?」

などと仰います。桐壷更衣もこれには感に堪えない様子で

「限りとて 分かるる道の悲しさに いかまほしきは 命なりけり」(死ぬことで、あなたと行く道が分かれてしまうのは悲しいことです 私が行きたいのは命ある道なのです 生きたいのです)
と、この物語初の和歌をお詠みになり、つづけて「本当にこうなることが分かっていたのでしたら…」と息も絶え絶えに仰いました。その先も何か言いたげなのですが、本当に苦しそうなご様子で、最後まで続けることがお出来になりません。

 

余談ではございますが、この後に桐壷更衣様の言いたかったセリフは何だとお思いになりますか?「もしこうなることが分かっていたのだったら…」の「…」の部分でございます。「こんなにも帝を愛するのではなかった」とか「入内するのではなかった」などが思いつくところではございますが、ここを「桐壷更衣は幸せだったのか?」という問いと併せて考えると、この章がグッと味わい深くなるかと思われますので、ぜひお楽しみくださいませ。往年のアイドル、山口百恵ちゃんの「美・サイレント」の歌詞「あなたの…がほしいのです」の「…」にも通じる興味深さでございますね。

 

さて。

 

帝はもう、どうせここまで来たのなら、いっそ桐壷更衣の側に最後までいたい、掟など無視して最期を看取りたいとまでお思いになったのですが、母上が

「今日から始めなくては効果がない祈祷を、しかるべき方々にお願いしております。今晩からお願いしておりますので」と急かしましたので、とうとう退出をお許しになったのでした。

さて、桐壷の更衣様の母上は、祈祷を手配なさいました。はて、祈祷とは、と不思議に思う方もあるかと思いますので、ここで説明いたしとうございます。

私どもの時代、医療は漢方などが多少ございましたが、大方の病は「物の怪」「悪霊」の類の仕業と考えておりました。人が病に倒れますと、陰陽師や僧侶による加持祈祷という儀式によって、悪事を働くものを取り払おうとするのでございます。ですので、わたくしたちにとっては、加持祈祷は医療行為に他ならないのでございます。そうして、お母上は桐壷更衣に治療を施すべく医療団を手配した、宮中では治療はできない以上、早く退出させてほしい、そうでなければ治療効果が出ない、と帝に迫ったのでございます。

IPS細胞などと言うものが出回る21世紀に生きる皆様にとって、加持祈祷などは実にバカバカしく思われるかと思いますが、信じる者の存在によって力を得るものがあるのでございます。それが私どもの鬼や悪霊、そして神や加持祈祷でございます。これらのものはおそらく、21世紀にも存在するかと思われますが、わたくしの世の物の方が力強く身近に実在しているのでございます。わたくしにとりましては、細胞やウィルスなどというものも、目に見えないもの、しかし何かの方法によって見ることができると言うことでは鬼や悪霊と同じでございますし、それらはわたくしの生きる世にも存在しているのでございましょう。細胞も鬼も、もしかすると呼び方が違うだけで同じものを指しているのかもしれません。わたくし達にとっての加持祈祷、そして医療行為とはそのようなものとお考えくださると、光栄に存じます。

ともあれ。

桐壷更衣の退出を見送る事も出来ずにお別れになった帝は、悲しみに打ちひしがれ、一睡もお出来になりません。桐壷更衣の家に様子を見るように出した使いもなかなか帰ってきません。いえ、実際はそんなに早く帰ってくるはずもないのですが、帝には一日千秋の思いでございましょう。そんな辛い心の内を周りの者たちにただただ言い募っておられます。

そうこうしておりますうちに、使いの者が帰ってきて「夜半過ぎに、お亡くなりになりました。里の者たちが泣き騒いでおりますので、わたくしもやむなく帰ってまいりました」と報告したのでございます。帝はそれを聞くとがっかりして、そのまま部屋にこもってしまわれました。

このような事態になりましても、帝は若宮様を手元に置いて可愛がりたいと思っておられましたが、母の喪中である若宮様が、穢れを嫌う宮中に暮らすことなど前例のない事ですので、桐壷更衣様の実家に退出させることとなりました。

若宮様は、何が起きているのかよくお分かりにならず、周りの者たちが泣き惑い、帝も泣き続けておられる様子を見て不思議に思われるばかりでございました。親子の別れは普通の時でさえ、悲しくないことなどありはしませんが、ましてこの時の別れはこの上なく悲しく、どうしようもないものでございました。

アイキャッチ画像は現在の京都御所、車寄。下の画像は現在の清和院御門

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