tokyo

東京/京都

平成最後の3日間を、家族と東京で過ごした。

そして思ったことは結局、東京にあって京都にない物って、国会議事堂とナチュラルローソンくらいかもしれない、ということだった。

京都には天皇の住まいも、迎賓館もある。明治神宮は平安神宮で、上野公園は岡崎公園だ。国立博物館もあるし、東京国立博物館と京都市美術館は建物がそっくりだった。

京都の、特に近代以降の施設には「日本で二番目に出来た〇〇」というのがすごく多い。動物園、美術館、天文台に地下鉄。

そうして、京都のそれらは東京のものより大抵、こじんまりしている。

京都は東京の縮小版なのか、そして二番目なのか。「一番じゃなきゃダメなんでしょうか、二番じゃだめなんですか」。

京都には何でもある。タワーも鉄道博物館も水族館も。でも、どれも東京よりは小さい。いいのか京都、それでいいのか。

皇居、二重橋から本当は桜田門に行ってみたかった。桜田門外の変の現場。遠くてあきらめた。

上野公園、博物館から本当は不忍池に行ってみたかった。夏目漱石「こころ」に出てくる場所。でも歩き疲れていて諦めた。ついでに西郷さんの銅像も。

東京はデカい。デカすぎる。デカすぎて手に余る。上ばかり見て首が痛くなる。この街を使いこなしている人がいるのか?新宿一個で、池袋一個で十分な気がするが。

その点、京都はコンパクトだ。街自体もそうだし、施設もくるっといい感じで回れる。岡崎公園を、梅小路公園を、回りきれないなんてことはない。実に使い勝手のいい街だ。

京都が東京の縮小版なのではなくて、東京が京都の拡張版なのではないかと、豊洲のタワーマンションを見て思った。あのビル3つで5000世帯。友達の地元自治体は人口3000と言っていたが、5000世帯。あのタワーは京都には建てられない。とめどなく入ってくる人間を、街の三方を山で囲まれた盆地の京都で収容するのは不可能だ。空に、地下に、海にと自在に拡張できる、どこまでも平らな関東平野、東京でなくては無理なのだ。

やはり、京都は近代以降において首都機能は果たせなかったのだと思う。京都では世界と競争できない。KYOTOは観光都市であってNYやロンドンと並び立つ大都市たりえない。いいのだ。街にはそれぞれの役割があるのだ。日本の旧市街、それが京都。

東京タワーのすぐそばの、おしゃれなカフェで友人と会った。ベルギーが本店らしい。友人は「ここ、NYでも行ったことあるのよね」と言った。そんな場所で、私は彼女にお土産の、鞍馬のちりめん山椒を手渡した。春限定の、桜の塩漬け入りだ。
その、墨絵風の天狗の絵の包装紙の柄は、東京タワーのすぐそばの、ベルギーが本店でNYにも支店があるお洒落なカフェでは、強烈な異彩を放っていた。いい感じにエッジが効いていた。「これはこれは、京都の香りがプンプンするものをありがとう」と言って彼女は笑った。私も笑った。実際、かばんに入れた時よりびっくりするほど京都の香りが強くなっていた。

二番目の京都、東京より小さい京都。でもそれは、東京に来るとなかなかに強烈で魅力的な光を放つものらしい。やっぱり京都は京都で、それでいいのだ。山椒は小粒でピリリと辛いのだ。