私は柑橘類が苦手だ。
好きなのに、酸っぱすぎて食べられないのである。
酸味にはもともと弱いが、柑橘類のくだものにはさらに苦味が加わっているのがいけない。酸味と苦味が交互にやってくるのが非常に辛い。
その辛さに耐えている時の私の顔は、酸っぱさで顔のパーツが全部真ん中によるような感じの表情になる。目を開けていられない。
やっとのことでその酸っぱい果物を飲み込んだ時には、私の顔は真っ赤になっていて、顔や手のひらにじっとり汗をかいている。
アレルギーなのかもしれないし、ただ敏感なだけかもしれないが、とにかく苦手なのである。
ではあるが、同時に食べられない物へのあこがれはあって、柑橘類の加工品にはめっぽう弱い。レモンパイもマーマレードも大好きだ。ジュース類は、新鮮でピュアなものでなければ大丈夫なので、普段は特に困らない。
一方、夫は柑橘類が大好きだ。みかんなら手が黄色くなるくらいまで食べ続けたりする。
しかし私が苦手となると、家には柑橘類がないのが基本であり、夫が自分で買ってきたとしても、何だか一人で食べるのはつまらないらしい。
そこで夫は、家に自動的にみかんが用意されていて、かつ嫁と一緒にその味を楽しむ状況を作り出すべく、私から詳細に聞き取りをして、どの程度の酸味、苦味なら食べられるのか?を把握することに成功した。
夫は自分が柑橘類を食べたくなるとまず皮をむいて、一つ食べてみてから、それが私の食べられる味かどうかチェックする。
酸味も苦味もないものなら、私に譲って、また新しいものの皮をむく。
これは私には食べられそうもない、と思ったらそのまま自分が食べる。
食べられるかどうか微妙だな、と思ったら、私に一つ食べさせて判断させる。そしてそれはまた新しいデータとなる。
いつの間にか、そんなスタイルが出来上がってしまった。
私はただ夫の横に座っていれば、自動的に目の前に皮のむかれたみかんが並び、好きか嫌いか言うだけなのだから楽ちんである。
ある時、そんな私たちの様子を見ていた娘が、夫に
「お父さん、みかんの皮むいて」
と言った。夫は即「ダメ、食べたいなら自分でむきなさい」と却下した。
娘は目の前に展開する事態と自分の扱いのギャップが納得できないらしく、なんでなんでを連発したが、夫は全く取り合わない。ついには
「みかんの皮も自分でむけなくてどうする?一生お父さんに向いてもらうつもり?」
と言った。
娘はむくれて、お母さんは良くてどうして私はダメなのか、と引き下がらない。そう言っている間に自分でみかんをむいた方が早いと思う私であったが、一応黙っておいた。すると娘はキッと私を睨み、
「じゃあ、お母さんは一生お父さんにみかんの皮、むいてもらうの?!」
と私に矛先を向けてきたのである。
あら、ほんとだ。それは考えたこともなかったなあ…と一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間、私はニヤッと笑って
「そう。お母さんは死ぬまでお父さんにみかんむいてもらうの。いいでしょ」
と言い切ってみた。
娘の激しいブーイングを受けながら、夫のチェックを済ませたみかんを一つ食べた。いつもより美味しかった。
しかし実際、夫がいなくては、私はみかん一つ食べられないのだなあ、とその味を楽しみながらぼんやりと思った。
もし夫が私より先に死んだら、きっとそれ以後、私はみかんを食べることはないのだろう。
にやりと笑える面白さ。
良いご家族です(*^o^*)
夫さん、いいひとですね!