「枕草子」が好きだ。作品というより作者が好きだ。
清少納言の物事を見る視線と、作品のスタンスが好きで、実は私自身の人生にも影響を与えていることに、最近気がついた。
「枕草子」を初めて読んだとき、良さがまるで分からなかった。「春はあけぼの(がよい)」などと言われても、ああそうですか、くらいの感想しか持てず、本当にこの作品が千年も残っているということが不思議だった。受験に出てくるというので仕方なく接触を試みただけの、事務作業的な読書だったと思う。
が、ひょんなことからこの作品の背景を知ることになる。
平安時代の文学作品として有名なのは、この「枕草子」と「源氏物語」がある。この二つの作品の作者は全くの同時代を生きている。前者を「をかし」の文学、後者を「あはれ」の文学として、教科書では紹介されている。
「をかし」、つまり「可笑し」。枕草子は笑いと楽しさに満ちている。「ものづくし」と言われるシリーズは、例えば「かわいいもの」として、清少納言が選んだ可愛いものが列挙されているし、「お説教してくれるお坊さんはやっぱりイケメンじゃないと」みたいなことが書いてあったり、はたまた男性貴族たちとのドキドキするやりとりの話もあったりする。素敵、とかダサいとかいう、現代の女子トークを古語で書き連ねてあるという感じだ。
清少納言の職場は御所、宮中である。ボスは一条天皇の妃、定子。天皇の正妻のポストは「中宮」なので彼女は「中宮定子」と言われている。
定子が結婚したころ、彼女の父は関白という権力の最高ポストに付いており、実家は「中関白家」と呼ばれるセレブ中のセレブだった。一条天皇とも仲がよく、押しも押されもせぬファーストレディであった。
ところが、父が急逝して環境は一変してしまう。叔父の道長が父の後釜を狙って台頭してくるのである。ライバルは兄、伊周だが道長とは明らかに器が違う。道長のあれやこれやの政治工作や妨害にあって、あろうことか兄は罪を得て流罪となり、あっという間に実家は没落。後ろ盾を失った定子は、宮中での立場がどんどんなくなっていくのである。
定子を取り巻く環境は刻々と悪化して行きはするものの、それでも天皇の正妻であることに変わりはないはずだ。ところが道長は、なんと新しい正妻のポストを用意して、一人の天皇に二人の正妻がいるという状況をつくりだし、そこに自分の娘である彰子を押し込んだのである。ちなみに、彰子を天皇の正妻に据える事に成功した時に詠んだ和歌が、有名な「この世をは わが世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思へば」である。
そうなるともう、定子の宮中での立場はほぼないといっていい。夫の一条天皇は変わらず愛してくれるものの、道長の事をないがしろには出来ず、かと言って無理に定子を手元におけば、それはそれで定子の立場が悪化するという悪循環となっていく。
このくだりは「源氏物語」で光源氏の母の状況とよく似ていると、個人的には思うのであるがどうだろう。紫式部のボスは彰子であった。清少納言とはなにかと並べられる立場であるが、時代、作品はもとより、職場とボスも政治的なライバル関係にあったのである。
紫式部は「源氏物語」の中で、光源氏の母を身分の低い女性とし、その女性を天皇が深く愛したが故に、宮中で壮絶ないじめに遭って死ぬ、という設定とした。身分が低いということ以外はほとんど定子と同じなのであるから、紫式部が定子の状況を観察してあの話を書いたとしても、私は驚かない。むしろ、「身分の低い女」にしたところに、意地悪さを感じる気もするし、その設定の方が読者にとってはむしろすっきりと分かりやすいので、事実は小説よりも奇なり、という実例かと思ったりもする。
ともあれ、清少納言が仕えた定子は、栄華の極みと凋落を短期間のうちに駆け抜けた人であり、清少納言はその様子をつぶさに見、寄り添っていたのである。
状況は大変にシビアなのにも関らず、「枕草子」の世界はおっとりと、キラキラした「定子サロン」の様子を描いている。楽しい宮中行事、美しい景色、ウィットに富んだ会話。そしてその中心にいる定子。
枕草子は、中宮定子のために書かれている。
清少納言が心酔する定子に向けて「こんな楽しいことがありましたよ」「こんな可愛いものがあるんです」というお手紙をまとめたような文章、それが「枕草子」だ。定子のシビアな現実を一時でも忘れて、楽しい気持ちになってほしい、自分たちはこんなにも雅で文化の先端を走っていたのだというプライドが詰まっているのである。だからどんなに厳しい状況でも、どこか可笑しみの要素をくわえて、面白おかしい作品に仕上げている。
それを知ってから、もう一度冒頭の文章を読むと、「夜明け前の山の端の色が美しいんですよ、だからちょっと顔をあげてみませんか」という、主人を励まそうという清少納言の必死の思いが伝わってくるような気がするのである。
一般的には『源氏物語』の方が文芸作品として王道と見られているように思う。「あはれ」の方が「をかし」よりもしみじみとした情感があって、その後の日本の美意識「詫び」「寂び」にも通じるような気もする。そこへいくと「をかし」はどうしてもからっとしている分、軽い。だから何となく「源氏物語」の方が名作のような気がしてしまうのは、仕方のない事だと分かってはいる。
しかし、「あはれ」な事をそのまままっすぐ「あはれ」と受け止め、それを面白がれるのは、勝ち組としての余裕がなければ出来るものではない。日々負け組としての悲哀を味わう辛い現実のなかでも弱音を吐かず、何か少しでも楽しいもの、美しいものをすくい上げて大切な人を元気づけようとするには、どうしても「をかし」の精神が必要なのだ。そうでなければ辛い毎日をどうやって生きていったらいいというのか、という生命維持のレベルで必要なスキルなのだ。
「をかし」に込められた悲壮ともいえる清少納言の姿勢を知った中学生の私は、心の底の底で、静かに感銘を受けていた。無意識に「これでいこう」と決めていたように思う。
それ以来、私は思考の底流に「をかし」をしのばせることにした。どんなことでも面白がる、美しい物を探す、笑える要素を見つける、深刻にならない。
会議が行き詰った時には、ホントにどうでもいい、それでいてそれまでなかった視点でウィットに富んだ発言を短くして、場を和ませるようにした。それまで渋い顔をしていたみんなに「それ全っ然、重要じゃないし!」と笑って突っ込まれるのがミッションだ。
人に深刻な相談事は持ちかけない。恋愛相談も人生相談もしない。いつもどうでもいい事を言って楽しそうに笑っている、それが私。
するとどうなるか。やはり軽く見られるのである。「悩み事なんか、何にもなさそうですよね」と失恋直後の後輩に涙目で言われたこともある。「幸せそうだよね」と、皮肉をこめて言われたことは片手で足りない。人に相談を持ちかけられたことは皆無で、「長」と名がつくような仕事に推薦されたことなど一度もない。要は、人望がない。
自己開示せずにちゃらちゃらしたことばかり言っているので、まあそれも当然だろうと思う。割とシビアな失恋もしたし、今だって人に言わない不安や弱音を抱えている。誰かに相談を持ちかけられたら、秘密厳守で真摯に対応するつもりではあるが、どうやら私は噂好きで口の軽い、とても相談事など出来ない相手に見えるらしい。そんな誤解を何度も受けたことがある。
私は噂話はしない主義だし、相手から黙っててくれと言われて聞いた話は一人の例外もなく誰にも話さない。なので、この件に関してだけは反論したいが、「やらなかったこと」を証明するのは難しいので、半分諦めてもいる。それでも分かってくれる人はいるので、そんな人とだけ付き合えばいいと思っている。
そんな姿勢は文章にも現れる。そのようにしている。
辛いことを辛いと書いても面白くもないし辛すぎる。いつも歌うような、スキップするようなリズムで、街角に落ちている小さな笑いをすくい上げたい。
偶然にも私の文章を読んでくれた人が、ほんの一瞬、日ごろの辛い気持ちを忘れてクスッと笑ってくれたらそれでいい。
私には定子のような絶対的な主人はいないけれど、世の中の誰かに向かって、「ほら、夜明け前の山の端っこはこんなにもきれいなんですよ?ね?だから今日も頑張ってね」と言い続けたいのである。笑ったあとは、私の文章の事は忘れてもらって構わない。
生き方に文章に、私の底には枕草子がいつもある。誤解されても軽く見られても、私は「あはれ」より「をかし」を探す。誰かの、あなたの、小さな笑いのために。
中高の頃、源氏より枕に惹かれるものを感じていたのですが、その理由が腑に落ちた気がします。
> 自分たちはこんなにも雅で文化の先端を走っていたのだというプライド
清少納言のこんな気概が、世間知らずで根拠のないプライドの塊だった十五の心に刺さったんだなあと。