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パジャマの正体

何年か前、娘の幼稚園のバザーに出かけた。

そこで、売れ残っていた紳士物の肌着が目に留まった。アングルの物で「クレープ」と書いてあり、丸えりで、かつ前開き。ああ、浴衣の下に着る和装用の肌着なのだなと思った。

それにしても、生地がさらさらした感じで気持ちよさそうである。縁のかがり方は、さすが日本製、と言いたくなるほど繊細で頑丈そうな仕上がり。

ふむ、シンプルなデザインみたいだし、これは夏用のパジャマにしたら気持ちいいかもしれない。そう思って、そこにあった3枚、全部買うことにした。一枚50円、合計150円のお買いものである。

レジにはママ友がいた。これヨロシク、とシャツを出すと、友達は怪訝そうな顔で

「こんなもの、どうするの?」

と聞く。え、パジャマにいいかなと思って、と答えると、さらに怪訝そうな顔をした。

「誰の?」

「私の」

「なんで?」

「気持ちよさそうだし」

「どうするの?」

「いやだから、パジャマに」

「誰の?」

「私のだってば」

「何で?」

 

何度も同じ質問をするってことは、納得できてないと言うことである。何がそんなに分からないのかなあ、と思いながら

「ねえ、売ってくれないの?残り物全部引き取るって言ってるんだし、いいじゃない」と言って、半ば強引に買い取ってしまった。

さて、夏が来て、手持ちの半ズボンの部屋着を合わせてこのシャツを着る時が来た。着てみて驚いた。おおっ、と声が出た。涼しい。

最近よく「冷感〇〇」と銘打った夏物商品が売られているが、このシャツは本当に着た瞬間、「さらり」どころか「ひんやり」する。何だこれは!!さらさらしていて本当に快適だ。汗をかいていることを全く感じない着心地。しかも、何度洗っても着た時のひんやり感は消えない。いやあ、これまで夏物パジャマは二重ガーゼが最高だと思っていたけど、その比じゃない気持ちよさだ。これで50円。ブラボーでアンビリバボーだ。

私はひと夏、このパジャマを愛用しまくった。洗っても全然ヘタらないしすぐ乾く。本当に文句のつけようがない。

そうしてもうそろそろ、長袖でもいいかなあ、という時期だった。相変わらず真夏のパジャマを着て、何気なくテレビを見ていた。画面にはビートたけしが白いシャツに腹巻、ステテコ姿で出ていた。ははは、と笑いながら見ていたのだが、頭の中で「はっ!!!!」という声がした。

気がつくと私は、自分の着ているパジャマの襟元をつまみあげてしげしげと眺めていた。そして、横にいる夫にテレビを指さしながら、恐る恐る聞いてみた。

「…ねえ、あれと、このパジャマって、もしかして、お揃い?」頼む、違うと言ってくれ!!という私の願いも虚しく、むしろ予想以上の

「え、知らなかったの…?」

という答えが返ってきた。え、じゃあ夫クンは知ってたの…?

「知ってるも何も、見りゃわかるでしょ。てか、ホントに気づいてなかったの?俺は気づいてて、わざとやってるのかと思ってたよ?だから『へえ、そんな着方するんだな』って思って見てた」

ま、マジか!!マジですか!!

と、なると…。私はパソコンにとりつき、「加トちゃん」「バカボンのパパ」を画像検索した。

 

お揃いだった…。

 

この瞬間、私は納得した。ママ友が、なぜあれほどレジで私の買い物を怪しんだのか。そうか、それはそうだろう。これは、和装用肌着じゃなかったのだ。昭和のお父さんの愛用品だったのだ。

「え、でも、お盆に実家帰った時もこのカッコしてたけど、お母さん何も言わなかったよ?!」

私は食い下がってみた。夫はあっさり

「そりゃあ、俺と同じ事思ってたんでしょ」という。たしかに「ふうん」とか言ってたような…。しかし、この時私はこの肌着の素晴らしさを母に熱く語り、虎の子の1枚を「お母さんも着てみて!」とプレゼントしたのだ。この分なら絶対着てないな。夫も「着てないだろうね」という。

「それなら返してほしいよなあ!」というと、夫は「返してほしいんかい!」と突っ込んできた。このパジャマの正体が分かっても、まだ着るつもりか、と言いたいらしい。

当たり前じゃん!!というと、夫は笑った。この着心地は、正体が分かったからと言って手放せるものではないのである。いやむしろ、こんなに素晴らしいものを、昭和のお父さんに独占させておいていいのかと思う。

なぜこれは、紳士物しかないのか?なぜ、可愛い色や柄を染めて、婦人物のパジャマを作らないのか?!

いやもう、本気の本気で、メーカーの方にお願いしたい。クレープ生地で、婦人物のパジャマ、作ってください!!そうして世の男性諸君、今あるあの肌着を、もっとオシャレに着こなしてイメージを変えて欲しい。zozoスーツを着こなせたなら、これだって大丈夫!!

いっぺん、騙されたと思って着てみて?絶対絶対、気持ちいいから。京都の夏に使えるのは、これしかないと言っていいくらい最強だから!

そして私も、誰が何といおうが、夏はこの「パジャマ」を愛用するのである!