新らしい人が入社してきた。31歳男性、坊主頭。
彼と挨拶したとき私は気づかなかったが、そういうことに敏感な同僚は
「あの人、マスクで全部は分からんけど、相当男前やで」
と言った。実際、昼休みに一緒に食事をした男性社員が
「マスクとったらびっくりするくらい男前やったで!歌舞伎役者かと思た!」
とわざわざ言いに来たほどだ。ついでに、彼が坊主頭なのは血筋で頭髪がヤバくなることが分かっているので、早めに、学生のころからあの頭にしているらしい、という情報も付け加えた。
「オシャレ坊主やな」
と、それを聞いた先輩が言った。ああいうのはオシャレ坊主っていうねん。
オシャレ坊主。初めて聞いたが、どうやら職業や部活やらで必要に迫られての坊主頭ではなく、ファッション性を目指した坊主頭のことをそういうらしい。
実家がお寺の同僚が
「あれは、普通の坊主頭というよりもう、剃ってるな」
と、本職目線の分析をする。
「あそこまでいくと、帽子かぶっても摩擦でずり落ちることがないねんで。でも、逆にちょっとでも生えるとマジックテープみたいにいろんなもんがくっついてくる」
ははあ、知らない事ばっかりだ。坊主頭でこんなにも知見が広がろうとは、と私は興味深くこれらの話を聞いていた。
その日の晩。
夫の顔を見ているとふいに昼間、私に「旦那さんも美形やから、坊主頭にしたらいいんちゃうか?!」と言われたことを思い出した。ふうん、としげしげ夫のおでこ付近を観察する。どうなんだろうか??夫の髪の中に両手を突っ込んで、頭の形をチェックしてみた。夫は怪訝そうだが私は気にしない。しかし、どうなんだろうか?
指先で夫の頭の形を確認しながら、さらに坊主頭についての思考は深まっていく。
つまり、坊主頭は自分で、身支度の流れで作っていくヘアスタイル(?)な訳である。坊主頭にしたら
①美容室に予約する手間も、行く時間もお金も省ける
②髪質、白髪、ハゲ問題も一気に解消
③朝の寝ぐせ直し、スタイリングも不要
④シャンプーも必要かどうか謎!
⑤そのうえ、オシャレとみなされる!!!
…なんて、コスパがいいんだろう?!
気が付くと、私は坊主頭のコスパの良さを、夫に熱く語っていた。夫は面白そうな顔で、話し終わった私に
「やりたいの?」
と聞いた。
いや私がかい?君ではなくて私がかい?どうやら君は、自分にプレゼンされてるんだとは微塵も考えてないようだね?!
私は思いがけない夫の天然ボケに一瞬たじろいだが、確かにこの件を自分事としてとらえた場合、どうなんだろう??しばし考える。
「うん、やってみたい…かも」
私はこくんとうなずきながらこう答えていた。すると夫は愉快そうな声で
「やれば?」
と言った。なるほどなあ、坊主にしたら、この先勃発するであろう白髪問題が解消するなあ…と一瞬思ったが、やはり、と考え直し
「いや、ダメだと思う」
と答えた。
何がダメって、女性の坊主頭は古くは夏目雅子、近くはアイコニックと、圧倒的な美人でなくてはつとまらない。そりゃあそうだ。髪型は顔の七難隠す、と昔から言われている最強のおしゃれアイテムなのだ。それをかなぐり捨てるということは、隠すべき「七難」がほとんどない人にのみ許された技なのだ。
それから多分、坊主頭にしたら、冬は寒くて夏暑い。
私の家系は男女問わず剛毛家系だ。太、硬、多と三拍子そろっており、レディースウィッグの訪問販売員は、玄関先に出てきた母を見て挨拶もなしに「あなたには必要ありません!」とだけ言ってそそくさと帰っていったという逸話があるくらいだ。
生まれてこの方大量の毛髪におおわれて、日光や外気から遮断されていたこの頭皮が白日の下にさらされた日には、とてもじゃないが冬の冷たい風や夏の直射日光に耐えられそうにない。
それなら帽子を被ればいいじゃないか、と考えた。しっかり止まってずれ落ちないならいいじゃないか。
が、これもおそらくだめだ。多分それは…
「なんでダメなの?」
と夫が聞いた。
「みんなに心配かけることになると思うから」
それでうっかり痩せたりなんかしたら病気なんじゃないかって心配かけるから、やめとく。そうじゃないなら、出家するほど悩んでるのかって心配かけるから、やっぱりやめとく。
夫は「心配?!…なるほどね」と言って笑った。「じゃあ、ウィッグかぶれば?」と続けた後は自分で「ああ、本末転倒か」と突っ込んでいた。まったくもってその通りである。
ああ坊主頭。急に憧れのヘアスタイル(?)になってしまった。まさか坊主頭に憧れることになろうとは、人生なにが起きるかわからないものである。
ちなみに夫は、頭髪方面が怪しくなってきたら、坊主にするつもりらしい。それはそれで楽しみである。オシャレ坊主と見做されるかは謎だけれど。