hankati

ハンカチの拾い方

「ハンカチ落としてませんか~?」

職場で歩いていたら、後ろから声をかけられた。振り返ると、確かに私のハンカチが床に落ちている。

 

ああ、と思って踵を返し、拾いに向かう。と、声をかけてくれた同僚が、私のハンカチを親指と人差し指の本当に端っこでつまみあげ、ブラブラさせながら「はい」と笑顔で言った。

「ありがとう」

と言ってそれを手のひらで受けると、彼女は何ごともなかったように行ってしまった。

 

いや、いいんだけどね。分かるんだけどね。

 

内心、私は一人ごちた。

これ、汗とか拭いてないから。ランチの前に手を洗った時に使っただけだから。

 

なんて事を言っても仕方がないことは分かっている。他人の使った湿り気のあるハンカチは、たとえその水分が100%水道水であったとしても気持ち悪いというのは、十分に理解できる。

 

そこを割り引いたとしても、やはり目の前で「このハンカチ汚いですよ」というのを態度でありありと示されるというのは、あまりいい気分ではない。その後、彼女が拭き掃除をしているのを見たが、私のハンカチは指先でつまんでも、その雑巾はしっかり握るのか、という突っ込みを入れずにはいられなかった。

 

それにしても、なぜにああも躊躇せずに指先でつまむという行動に出られるのか?確かにハンカチは湿っていたけれど、それは結果論であって、もしかしたら洗濯したての、未使用の状態のハンカチだったかもしれないじゃないか。それは見た目では分かるまい。落ちているハンカチは汚い、というのであれば、なぜ拾う?床に落ちているというだけでアウトであるはず。

 

何にせよ、彼女は親切で拾ってくれたことに違いはないので、感謝の気持ちはある。そもそも、他人のハンカチを触るのが嫌、という人もいるだろう。彼女もそうかもしれない。そこを曲げて拾ってくれたのだから、私は彼女に嫌われているというより、むしろ好かれていると考えたほうが正しいのかもしれない。が、瞬間的に沸き起こる違和感はどうにも抑えようがない。

 

長く同じ職場にいて、おそらく彼女は潔癖なのだろうという推測が働く状況であってもそうなのだ。もし街角で同じことが起きた場合、私は相手に対して「むしろ拾ってくれなくてよかったのに」とさえ思ったかもしれない。せっかくの親切が、何だかなと思う。

 

彼女にしても、せっかく親切で拾ってやった相手に、こんなことを思われるのは割に合わないだろうし、さぞかし心外であろう。ホントは嫌なのに、我慢して拾ったのだ。そう思うからこそ私は「まあいいけどね」「分かるけどね」と一人ごちてスルーしたのだけれども。

 

それなら一体、彼女はどうすれば良かったのだろう?私だって、いつ彼女の立場になるか分かったものではないのだ。足元に誰かのハンカチが落ちていることに気がついたら、どうする?

 

声掛けだけして、相手が拾いに来るのを待ってる?それも「触りたくない」というのを全身で表現していて失礼だ。無視して通り過ぎる?それも大人としてどうかなあ。声掛けして、通り過ぎる?うん、これは自然な流れならアリかもしれないような。

 

色々考えたが、イマイチ良く分からない。どれも親切心が裏目に出そうだ。ではあるが、どう考えても私には「指先でつまみ上げる」という選択肢はない事に気がついた。それも持ち主の目の前で、というのは、ないなと。

 

よく考えたら、これまでは、サッと普通に拾って、もしそれが湿ってたら「うっ」と思うけど、次の瞬間には忘れるようにしていたと思う。

うん、確かそうだと思う。目の前で誰かがハンカチを落として行ってしまうという数少ない場面に遭遇した時の記憶をひっぱり出すと、そうだったように思う。というか、いちいち拾い方など気にしていない。気にしていないということは、普通に拾っていたという事なのだろう。忘れるようにしていたのだから、忘れてしまっていたのだろう。

 

ああ、せっかくこれまで何も気にせず拾っていたものを、これからは、もし落ちているハンカチを見つけてしまったら「どうやって拾うべきか?!」と考えてしまうではないか。めんどくさい…。

 

それにしても、「ハンカチを落とす」というのは古典的過ぎてほとんどありえない恋の出会いのシチュエーションであるが、だからこそわざと意中の人の前でハンカチを落とす人があるとかないとか聞く。ちょっと考えてみて欲しい。自分がこの人、と思う人の前でハンカチを落として、見事「落としましたよ」と相手が拾ってはくれたものの、指先でつまみあげられて渡されたとしたら…。

 

千載一遇のそんなチャンスも、もう無かった方がマシなくらいの結果を招くのだなあ、としみじみ思った。

 

たかがハンカチ、されどハンカチ。

どうかこの先一生、私の足元に誰かが落としたハンカチが出現したりしませんように。